魅力多き能の世界
あなたは、能を鑑賞したことがあるだろうか。日本史の勉強で、あるいは伝統文化として、その名を聞いたことはあるだろう。しかし、その実演、本物の能に触れたことがある人は、そう多くないはずだ。能とは、観阿弥・世阿弥が大成し、約600年間伝わる古典芸能であり、詩、劇、舞踏、音楽、美術など様々な要素が一体となった「総合芸術」である。この記事では、能楽師というヴェールに包まれた存在を、少しずつ明らかにしていく。
今回は、京都の能楽師である河村晴久氏に話を伺った。能楽師とは、その名の通り能を舞うプロであり、河村氏は京都を拠点に、日本だけでなく世界を舞台に、能の講演、実演を行い、能の魅力を多くの人々に伝えている。

(1)河村氏が思う能の魅力
能が14世紀から現代にまで演じ続けられているということは、言い換えれば、いつの時代も能には人々を惹きつける魅力があったということだ。では、その魅力とは一体何か。河村氏は、作品の題材は古くとも、そこに人間の表現したいこと、すなわち心が表現されているところにあるという。能の作品は、生死愛といった普遍的なテーマを扱っている。14世紀の人々はそれを劇という形で表現した。そうしたいつの時代、どの国でも共通した人間の心を表現しているからこそ、能には同時代性がある。演者の肉体を通して、今現在見ている人が何かを感じてくれているからこそ、現代にまで伝わっているのだ。すなわち、能は全く古いものではない。河村氏は、能は単に古いから価値があるのではなく、今現在我々に感動を与えてくれる芸能だから魅力がある、ということを繰り返し強調した。しかし、古典を扱っている分、難解であるという問題もある。だが、そのハードルを乗り越えたならば、想像もつかないほど豊かな世界が広がっているのだ。
(2)演者の気持ち
役になりきる、登場人物の気持ちになりきると共に、客観的に自分を観察している自分がいて、舞台の位置や演奏との具合などを絶えず感じていると河村氏は話す。世阿弥の言葉を借りるならば、「離見の見」である。役に完全になりきってしまってはいけない。客観的に自分を見つめる目を持たなければ、それはただの独りよがりとなってしまう。演技には常に客観的な視点が必要なのだ。ここで、興味深いことを河村氏は話した。実は、観客の姿はよく見えているというのだ。我々観る側は、見ているという意識はあっても、見られているという意識はない。だが事実、演者は我々のことを見ている。正確には、私たち観客からの圧を感じている。観客が一生懸命に観ていれば、演者は見えなくともその圧を感じとり、こちらも一生懸命になるという。能は、同じ演目でも、毎回、テンポや観客からの圧が違う。そうしたことについて、全てその場で考え対応しているからこそ、能は毎回新鮮なのだ。
(3)学生時代
河村氏は相国寺の側で生まれ育った。室町小、同志社中高を経て同志社大学に入学。物心つく前から父晴夫の指導を受け、3歳にて初舞台を踏む。小学生の頃には、笛や太鼓の稽古も受けた。稽古は、与えられた課題を完璧にできるようにしてからうけるのが当たり前。高校の時にはすでに毎週舞台に立っており、覚えるものが徐々に増えていった。こうした環境の元で、能と勉強との両立は可能なのだろうか。河村氏は、可能であるという。どれだけ忙しくなろうとも、河村氏は学校をおろそかにしなかった。なぜなら、学校が楽しかったからだという。意外にも河村氏は、中高と宗教部に所属していた。毎朝チャペルを掃除するのが日課であったそうだ。大学に入ってからも、色々なことが面白く、面白いと思ったことは全部勉強したと話した。
(4)海外公演
能楽は1950年頃から世界に注目され、海外公演も行われるようになった。しかしあくまで、当初は東洋の珍しいもの、としてであったようだ。河村氏は1994年に初めてワシントンにて公演を行なった。河村氏は能の本質を伝えようとしたが、うまく伝えることができなかった。その原因は、日本語視点の話をしたことにあったという。考え方の根本から異なる外国の人々に能を伝えるには、外国語視点の伝え方をすれば良い、と気が付いた河村氏はすぐに実践し、以来手応えのある公演を行えるようになった。50回を超える海外公演において、河村氏は魂の救済、自然との和合といった、能の本質、日本の精神性を伝えている。
(5)能を通して
生きていくことに必死で、死がより身近であった時代の人々が作った能を演じることで、現代の人にも、真善美、生きるとは何か、人間とは何かという根源的な問題を考えてほしい、と河村氏は話す。
(6)授業について
河村氏は現在、同志社大学において、留学生対象の授業も行なっている。留学生には、日本の文化である能楽を学ぶことで、自国の文化を見つめてほしいという思いを河村氏は持っている。「よく能はユニークと言われるが、文化はどれもユニークだ。お互いにそれぞれの文化を認め合い、尊敬し合うことが平和に繋がる。それが文化の力だ。」と河村氏は話す。

(7)伝統文化について
近年、伝統文化に携わる若者が少なく、後継者不足が問題となっている。能楽も例外ではない。河村氏はこうした現状についてこう述べている。「能を実際に観たことがある若者は少ない。もっと能をみる機会を増やして、魅力を感じてもらうことが大切だ。」日本の能楽の価値は世界が認めている。その価値を、我々日本人が知らないというのはあまりに勿体無い。ここ数年で、多くの由緒ある伝統文化の継承者が、仕事が減って頭を悩ませている。彼らがいなくなれば、代用品ばかりが流通し、本当に質の高いものがなくなってしまう。「学ぶとは真似ぶということ。古くからある、良いものを学び、真似ることをしなければ、これから先より良いものを生み出すことはできない。まずは、色々なことに興味を持って感性を豊かにし、美しいものを美しいと思える感性を持つ人々が増えていってほしい。その層が厚くなれば、文化はなんとかなると思います。」と河村氏は話す。文化を守るためには、その魅力に触れ、価値を知り、尊重できるようになることが大切だ。
(8)学生に向けて
「学生時代は、積極的に動いてください。大学は、自分で動き出せば得るものが多いところです。それに現代は、昔より情報も多く、可能性は沢山あります。また、批判的に物事を捉えることが大切です。言われたことをそのまま受け入れるのではなく、色々な意見を聞いて、多角的な視点から物事を自分の頭で考えてみる。そうしたことを学べるのが大学ですから、様々なことに興味を持って、感性の豊かな人になってください。」
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プロフィール
河村 晴久(かわむら・はるひさ)1956 年、京都生まれ。13 世林喜右衛門師に師事。重要無形文化財「能楽」総合認定保持者。同志社大学大学院修了、同志社大学客員教授等歴任。