絵本ー時間・空間の旅ー

雨があがり、濡れてすこし黒ずんだ葉っぱが、涼しげに風に揺さぶられている。

国際会館駅を出て、宝ヶ池通りの南側を東へゆくと、白川通りとぶつかる手前に、ちいさな看板と青々とした草木が目印の「小さな絵本美術館 カフェ・響き館」がある。大人向けの絵本美術館ということに惹かれて、私は先日、この場所を訪れた。

扉をひらくと、すぐに店主の福田さんのなごやかな人柄に出迎えられた。山荘のような温かみのただよう室内を眺めて、椅子に座る。机の上のキャンドルのほのかな灯りが、手元をあたためてくれる。その隣には、手のひら大の本があり、自由に思い出を書き込むことができる。頁は消耗しており、たくさんの人に握られてきたことを伝える。

思い出日誌とキャンドル

店内には、手にとって机で読める本と、販売用の本が並ぶ。どれも福田さんの選り抜きの絵本で、しげしげとめくっているうちに頼んでおいた紅茶が届き、たちのぼる果物の香りにほっと息をついた。

おだやかな時の流れに身をゆだねていると、自家製のスクリーンで「あるあさ」(少年写真新聞社)の朗読上映が始まった。室内の照明が落とされ、キャンドルの灯りがじんわりと視界を明るませる。山小屋の暖炉の火のようだった。福田さんのアイデアで、韓国語の文字を日本語に訳すことはせず、私は朗読と背景音楽に耳をかたむけながら、もっぱら絵に注視することになる。

物語は、片角をなくして悲しみにくれていた鹿が、雨夜にかかる半月に、あなたもなくしものをして悲しんでいるの? と気遣う場面が一番の見せ場だ。鹿にとって降り続く雨は、半身をなくした月の涙だった。その間、ドビュッシーの「月の光」がながれ、やさしく物語を見守る。上映終了後には、ピアノの自動演奏がはじまり、存分に余韻を楽しませてくれた。誰かの声をたよりに絵に心を寄せるという体験は久しぶりで、しきりに絵本の読み聞かせをせがんだ子供のころを、昨日のことのように思い出した。

福田さんは、大人にとっての絵本の魅力について「絵本は小さなころから触れているため、つかれたときにも気軽に楽しめる。また、昔読んだ絵本を読み返すとあたらしい感想が生まれるのも面白い」と語った。私はさらに、絵本の世界をじっと覗き込んでいた幼い自分をとおして、好奇心をもって想像することを学び直すきっかけになると思った。

扉付近の看板

隣席の大学生は、「非日常の癒される空間だけど、日常から隔絶してないのがいい」と語る。それには、福田さんの愛する信州や山梨の自然に囲まれた美術館が関係している。福田さんは、非日常の旅行の一部としてだけではなく、町の日常の中でも気軽に絵本に出会い、森の雰囲気を感じてもらえる場所を、と京都でお店を始めた。それは、きっとちいさな旅行なのだ。だからこそ、私は絵本をとおして過去につながり、高原の空気でお腹を満たし、幸せな気分で店を出られたのだろう。「あるあさ」の鹿の角は、春にはまた生えてくる。前ばかり見て何かと忙しい私たちにも、やがて心の晴れわたる朝は来るはずだ。そのとき、かたわらに絵本や響き館があってほしいと思う。

子供でもない、けれど大人でもない大学生だからこそ、こじんまりとしていて、それでいてひろい、響き館へと足を運んでみませんか?

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【小さな絵本美術館 カフェ・響き館】 住所︙京都市左京区上高野白川通り宝ヶ池西入ルすぐ 電話番号︙075-708-7178 営業時間︙月・金・土・日 全日13:00〜18:00まで※春の企画展は7月1日まで。7月2日から長期休館。【再開情報や、イベントのお知らせなど、最新情報はホームページをチェックhttp://hibikikan.com