江戸時代の遺構 続々

2019年7月中旬から来年3月まで、本学の正門近くにあった致遠館の建て替え工事に伴い跡地の発掘調査が行われている。同館の位置した場所は室町期に相国寺の境内があったとされている場所でもあり、今回の調査でその裏付けへとなる証拠が発掘されることも期待されている。

今回の調査で発掘された江戸時代後期の導水施設の遺構。江戸後期の貴族の邸宅の庭にみられる作りだという=若林邦彦教授提供

12月現在で既に江戸時代後期の地層が発掘されている。今回の発掘に携わっている若林邦彦教授(文・文化史)は、公家屋敷の庭で装飾として使われていた漆喰づくりの導水施設の遺構や、付近一帯を管理していた下級武士階級の家屋跡として十数基の井戸の跡が見つかっている上、周辺では、家屋を建てる際の礎となる礎石も多く発見されており、その場所で何棟もの建物が建て替わっていたことが分かるとした。同地には室町時代に相国寺の境内があったと推察され、裏付けとなる遺構が発見されるのではないかと考えられている。

歴史的意味 浮き彫りに
今回新たに建て替えられることとなった致遠館は、大正5年(1915年)同志社草創期に建てられ、本学と共に歩んできた建物でもある。関係者からは、取り壊しを惜しむ声も聞かれた。

▼致遠館の歴史
致遠館の名付け親は大正を代表する知識人の徳富蘇峰。当時専門学校令の発布によって本学が「大学」となり入学者が急増、新たな教室として建てられた。

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