【局員日記】2019年4月号

「今の時代に新聞を読むのは、少数派ではないか」。先日友人に言われた言葉だ。本局がギリギリの状況であることを、話の中でそれとなく伝えた時のことである。新聞が情報メディアとして存在感を失いつつあるのは紛れもない事実であるが、その答えが本局の状況を説明し得るとは思えなかった。

今回、本紙はたった6人の局員が書いた記事で構成されている。一人一記事で紙面が埋まるはずもなく、一人で複数の記事を請け負っている局員もいる。更に、文章の推敲に長けた局員は現在いない。記事が紙面に収まりきらず、字数を制限されていた頃には全く考えられないことだった。そんな、極端に言えば「なんとか埋めた」ような紙面で、昔と変わらない質の記事を書くのは困難なことであった。

では、なぜこのような状況が生まれたのか。私は、新聞なんて時代遅れだから、「新聞制作」に魅力なんてないからだとは、全く思わない。誰もが興味を示すコンテンツでないことは明らかだが、やってみたいと感じる人が一定数はいるだろうと疑いなく思っている。

自分の興味をある物事を、好奇心を頼りに取材し、自らの手で紙面に載せる。この活動に興味を示すかどうかに、「世の中を知るための媒体として新聞が時代遅れであるかどうか」はほとんど関係がないとすら思われた。

こうなったのは、私たちが自らの首を絞め、慢性的に活動の規模を縮小させてきた代償でしかないだろう。また、現在の学生新聞は、取材から発行までに時間が空きすぎるため、速度を重視する一般的な情報メディアと同じ役割を持っているとは到底言えない。そういった意味でも、社会の流れを理由に活動を縮小することはできない。

しかし、この状況を私は前向きに捉えている。何もないからこそ、新しく始められる活動はたくさんあるし、人数が少ないから局員全員の意見を取り入れられる( 現在のままでは少なすぎるが)。

まだ何もしていない。局員としてあと二年間、やりたいことがたくさんある。

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